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仕事のこと、ビジネスに役立つこと、海外事情

【経験談】大学生になる人へ伝えたいこと、新生活へのアドバイス

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 4月を前にしてもうすぐ大学生という人は、春からの生活にわくわくしている人も多いのではないだろうか。僕が大学を卒業してから10年近く経つが、大学生活を思い返すと、とても濃く自分の人生において大切な期間だったと思う。大学生には時間や自由がたくさんある。高校生の時とは違い、受ける授業やアルバイト先、サークルや部活動、社会参加など、これからの自分の行動は自分で決めることができる。しかし反対に何もしないこともできてしまう。最低限の努力さえすれば日本の大学は卒業できてしまうし、極端なことを言えば、家にずっと居て何もしなくても4年間というのはあっという間に過ぎる。

 大学での過ごし方は今後の社会人人生に大きな影響を与える。それゆえに今この時期に、どのように大学生生活を送るべきかを考えることはとても大切だと改めて思う。今回は僕が自分の大学生生活を振りかって、何かアドバイスできることはないか考えてみた。これから大学生と言う人には参考にしてもらいたい。

 

定量的な目標をもつ 

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 始まりの時期というのはやる気に満ち溢れ、これからの目標を持つ人が多いはずだ。新しい環境の始まり、年の初めなど、新しいスタートを切るときは何かしら今後の目標を掲げよう。春から大学生になる人や次の学年に上がる現大学生は、これからの1年で何かしたいことを思い描いていることだろう。新大学生であれば、「サークル活動で幅広い交友関係をもつ」であったり、「英語の勉強をがんばる」「読書を沢山する」といった目標を持つだろう。

 この目標を持つ時に是非おススメしたいことは、「定量的」な目標を持つということだ。定量的とは、一言でいえば「数字で測ることができる」ということだ。「英語を頑張る」や「読書を沢山する」といった目標は実は、定性的な目標と言われる。これを定量的、つまり数字を絡めて目標にするには、「TOEICの点数を30点伸ばす」や「月に3冊の本を読む」といった目標になる。どうして定性的な目標ではなく、数値目標を設定しなくてはならないのか。

数値で示す重要性

 定性的な目標は、評価が難しいという欠点がある。「英語の勉強をがんばる」という目標は、どれだけやれば頑張ったことになるのか人それぞれとなってしまう。もしかしたら1日5分の勉強で頑張ったと思う人もいれば、3時間やってもまだ足りないと思う人もいるだろう。しかし数字を絡めた定量的な目標は振り返った時に、この1年で本当に目標に向かって行動してきたのかを測る良い評価基準となる。数値が達成できれば、その目標に対して努力してきたということだし、仮に達成できなくてもどう改善するべきかを考えることができる。

 大学生というのは本当に時間がたくさんある。しかしたくさんあるが故に、後で後でと後回しにして行動しないでいると、結局1年というのはあっという間に過ぎるものだ。目標を数値設定すればその数値を達成するために自分で自分を戒めることができる。月に3冊本を読むと決めて1冊しか読めなかったら、「遊びすぎたな」と反省もできる。本を沢山読むという定性目標では、忙しかったけど1冊は読んだなと思ってしまうかもしれない。数字のみが、自分を評価し、また行動を律してくれるよい目標となるのだ。

 

社会との接点を多くもつ

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 多くの社会人が社会に出て思うことがある。「大学生の時にもっと勉強しておけば良かった。」どうしてこう思ってしまうのか。社会に出てみると本当に自分が無知なことに気づかされる。社会の仕組み、経済、政治政党、各地の紛争と原因となる歴史背景など・・・挙げればキリがない。今ですら分からないことだらけである。分からないことに出会う度に、「そういえばこんな講義が大学にあったな」と思い返す。また、学生の時間のある時に本を読むなりしておけば良かったとも思うのである。大学講義のような内容は、社会人になってようやく自分の身に直接関係してくる為に興味関心がより一層出てくる。景気情勢や現在政府がとっている経済政策は、どんな社会人にも関係しているし関心も高いだろう。もちろん大学の講義が全てを教えてくれるとは言えない。だがしかし今仮に、講義に参加できる時間とチャンスがあれば僕は喜んで行くし、講義を受ける姿勢も学生の時とは全く違うはずだ。実際アメリカの大学では社会人を経験した人が大学に入り直すケースが多い。これも社会人を経て勉強の重要性を、身を持って体感したからだろう。

 これは僕が大学を卒業して社会人を10年近く経験しているから言えることで、仮に何も知らず大学生生活をやり直したとしても、同じような大学生生活を送ってしまうだろう。前記したが大学生には自由がある。自由に受講する講義を決めることができ、自分の時間も自由に使うことができる。社会に出てみるまでは興味も持たなかったことに、のちのち興味をもつこともあるので、大学生に「社会に出た時の為の最善の講義をしっかり学ぶように」というのは少々難しいかもしれない。

大学で真剣に学ぶために社会と接する

 だが安くは無い授業料を親に払ってもらい、もしくは奨学金等で自腹をきり大学へ行っているのだし、社会に出てもっと勉強しておけば良かったと後悔するくらいなら、これからの大学生生活で十分にその機会を生かして欲しい。その為の解決策はただ一つ、社会に出ることである。理想を言えばアメリカ社会のように一度社会に出た人でも大学で学び直し、再び社会に出ていく、寛容性があり流動性のある労働市場があれば、大学での学びは最大限に身になるかもしれない。しかし今の日本で、高校を卒業し一度就職してから大学に入り直す、というのは現実的ではないだろう。だから僕が多くの大学生にアドバイスすることはインターンシップの参加である。インターンシップというのは、企業で内容に差こそあるが、基本的にはその企業の業務に携わることができ、企業の中やその業界が見れるとても良い機会だ。実際に社会人と一緒になって働いてみると、期間限定であっても背筋が伸び、問題意識も持つようになるだろう。学生ではあっても、社会人と比べると「自分は何も知らないのだ」ということが分かるだけでも良い。この経験は必ず今後の講義に対するモチベーションに変わる。大学での学びを最大限得るために、大学生であっても社会との接点を多くもって欲しいと思う。

 

深い友人をつくる 

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 大学生になれば、様々な人と交流するようになる。同級生、先輩・後輩といった学校内だけでなく、アルバイトやインターン先の社会人、もしくは旅先の外国人など、交友関係の幅はこれまでと比べてはるかに広くなるだろう。自分と性格が真逆でこれまで付き合ってこなかったタイプの人間とも知り合うことになる。こうした、背景が異なったり、タイプがまったく違う人との交流は、新しい発見や気づきを与えてくれるので、ぜひ幅広く交流したほうがよい。

 しかしあえてここでは、自分の親友と呼べる人と深く付き合うこと、そうした人を大学生活で1人でも良いので作ることをおススメしたい。確かに広い交友範囲というのは大切だ。しかし幅が広ければ広いほど、一人ひとりとの関係は浅くなりがちである。また大学を卒業すれば残念ながら、こうした浅い関係の友人との交流はほとんど無くなってしまう。幅広く交友関係をもつ一方で、親友との交友を深めることにも注力したほうがよい。

親友との関係は大学を卒業しても一生続いていく。

 大学生の時に知り合う友人というのは、深く知り合い親友と呼べる存在になりうる。同じような考え方をしたり、基本的な性格が似ている人が同じ大学に集まる傾向があるからだ。だからこそ心地良く、そもそもの素性が合っているから年を重ねても基本的なところで分かり合える人たちなのだ。

 社会人になり、仮にまったく異なる業種の会社に就職しても、近況を報告したり、お互いに刺激し合うことができる。お互いに家族ができれば家族ぐるみの付き合いにも発展することができる。これは本当に人生を豊かにしてくれる。だから大学生の方は、ぜひ親友と呼べる人と出会い、語り合い、たくさんの時間を共有し、交友を深めてもらいたい。それができる人を、大学生活で1人でもつくることができれば上出来だ。

 

お金に執着しない、貯金は4年間無くてもよし 

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 大学生になればアルバイトをしてお金を稼ぐ人も多い。アルバイト自体は職種によっては良い経験となる。だが単純に、時間を安い単価で切り売っているだけの職種もある。人によっては授業料や生活費を稼ぐ為にアルバイトをせざるを得ない人もいれば、旅行や遊びといった自由に使うお金の為にアルバイトをする人もいるだろう。大学生もお金がかかるものである。

 アルバイトをする理由はどうあれ、アルバイトをする人に伝えたいことは、お金を稼ぐことだけに執着しない方が良いということだ。アルバイトの時給というのは、一般の社会人と比べてかなり割安に設定されている。安い単価で大学生生活の貴重な時間を使ってしまうのは実にもったいない。必要最低限なだけ稼いだら、あとは時間をもっと有効に活用すべきだ。たまに講義そっちのけでフリーターのような生活をしている大学生がいる。稼いだ額を意気揚々に自慢するだろうが、それはその分貴重な時間を大量に費やしているだけであって、同じ時間を勉強や遊びに費やした方が将来にとってはどれほど良いだろうか。

 また、大学生生活で一生懸命貯めた貯金額というのは、社会人になればもっと楽に貯めることができる。したがって貯金をするためにアルバイトをするなんてもってのほかで、大学生の貴重な時間を売って貯金をするくらいなら、その稼いだお金を全て使いきって大学生生活にしかできないことに投資する方がよっぽど良い。

 

少し極端なことをしてみる 遊びの1か月

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 大学生というのは少し無茶ができる期間だ。よくあるのは、1ヶ月間バックパックで世界を旅するや、ヒッチハイクで日本を横断するなど、大学生になるまでの人生ではできなかったこと、考えもしなかったことに挑戦する良い期間である。これまでの自分の枠を少し破る意味で、こうした少し極端で無茶なことに挑戦することを大学生になる人におススメしたい。

 ちなみに僕は友人と「遊びの1カ月」をやりきった。これは決して自慢でも何でもなく、単純に参考例として紹介するのだが、「遊びの1カ月」とは、とにかく遊ぶ予定を1カ月に詰め込めるだけ詰め込んで、途中で妥協は一切無しに遊びきるというものだ。なぜこんなことをしたのかと言うと、大学生の時にふと読んでいたある著名人が本の中で「『学生時代に死ぬほど遊んだので』今はビジネスに集中している(「遊ぶ気にならない」だったかもしれない)」と書いていたのを目にした。僕と友人は「死ぬほど遊ぶともはや遊ぶ気にならないのか」と単純に疑問に思ったのである。当時僕たちはダラダラと遊んでは時間を浪費しており、それを自覚していた。これではダメだと思っていたので、この言葉は何か啓示的だったのだ。だったら実際に体験してみようとなったのである。

やってみたからこそ分かった

 その1カ月は、あるとあらゆる人脈を伝って遊ぶ予定を入れた。飲み会、合コン、夜遊び、アウトドア、とにかく思いつくことは全て計画し、途中で疲れてもやりきろうと誓ったのだ。実際途中から疲れたり、面倒になって遊びをキャンセルしたいと思うこともあった。4日連続で朝まで飲んだ時はもうやめようと思った。だがこれは1カ月限定で、しかもやりきれば遊ぶ気にすらならない境地に至れるという思いで、僕と友人は1カ月遊び切った。

 実際にその直後はもう疲れて遊ぶ気にならなかったが、すぐ数日後には回復しそんな気も無くなった。そして分かったことは、どれだけ遊び尽くしても、少し経てばまた遊びたくなるということだった。つまりその著名人の言葉は僕らにとっては単なる見栄でデマカセだったのだ。

 少し汚点のような例え話だったが、この少し極端な体験は実は思い出にとても残っており、今思い返すと微笑ましく良い経験だったと今でも思う。なにより実際に体験してみないと分からなかったことだ。もしかしたら1カ月もバックパックで旅をしたら全然楽しくなく、旅行なんてもう行かないと思うかもしれない。十分にあり得ることだが、こればかりは実際に体験してみないと分からないだろう。実際に行動してみると何か分かることがある。折角なので大学生活で一回は、こうした少し極端なことに挑戦してみて欲しい。